2017年09月22日

神の存在 5

民主主義は方便の善であり、結果に比喩した善、利益に比喩した善、物質に比喩した善、自我に比喩した善、すなわち方便の善です。

神への信仰と悟りによって各個人の生命が進化・向上した時、これを原因(神の心)として結果(物質)現象化するのが、民衆のためという結果です。

民主主義は、この民衆のためという結果を目的としている。

結果(神の体・物質)を目的としている点、真理的には「偶像崇拝」に相当する。

結果に比喩した善、すなわち方便です。

そして方便の善の有効範囲は物質の通り「有限」であり、限られた範囲の、限られた人間相手に、限られた時間の中でやっている分には、あえて民主主義を悪とまでは言いませんが、その有限の範囲を逸脱して無限化し、アメリカにも不届き者がおりましたが、全世界民主化運動と称して無限化していけば、それが世界の悪の根源となる。

方便の善は、目的にしてもならず、さりとて否定をしてもならない。

目的と否定、プロとコントラの両極端の中道に入るのが神の心に叶っている。

民主主義は結果(物質)を拝んでおりますので「偶像崇拝」と言えますが、この結果、すなわち物質は真理上「利益」を意味しておりますので、民主主義は人民共通の利益に基づいた国家契約となる。

利益」という悪を「」に置いた体制は、今後認められない。

利益は相対的なものである限り、これを「」に置けば、その相対性から次に対立と矛盾が生まれ、その対立と矛盾から憎悪・怨恨・嫉妬・怒り・そねみ・ねたみ・愚痴等々、我々の世界で悪が無限化してくる。

それをすべて克服できればいいですけれども、世の中は克服できる者達ばかりではない。

克服できなければ、地獄に堕ちて天と地が分かれる。

利益は物質を意味しており、物質は矛盾を意味しておりますので、民主主義はその体制の本質に「矛盾」を宿しているということです。

原因が「」であり、結果は「」で天地一体です。

神の心が「」であり、神の体は「」で天地一体です。

この大宇宙の構造と仕組みは永遠に変わりません。

この神御自身が大宇宙を通して我々人類に指し示しておられる永遠の道は、神の心を天に置き、神の体を地に置け、正義を天に置き、国益と利益は地に置け、神我を天に置き、自我を地に置けということです。

ところが民主主義は、利益や結果という「」を「」に置き、神御自身の心と逆をしているのです。

原因(神の心)が永遠に「」であり、結果(神の体)は永遠に「」です。

民主主義は結果を「」に置き、利益を「」に置き、自我を「」に置き、国益を「」に置き、物質を「」に置いている体制ですから許されなくなるのです。

これを神への「傲慢」と言う。

民主主義は結果、利益、物質を「」に置いている体制ですから、今後は認められない。

しかも「矛盾」が。政治体制の本質と中核となっている。

だから民主主義の二大概念である「自由と平等」が矛盾している。

これも全世界が腐敗している原因の一つです。

資本主義も同じ。

神への信仰と悟りによって各個人の生命が進化・向上した時、これを原因として結果あらわれるのが利益であり、国益です。

結果は物質であり、物質は相対性がその本性ですから、利益も相対的、国益も相対的です。

この相対的なものを絶対化し、政治と経済の体制の中核にもってきているのです。

相対的なものを絶対化することを神への「傲慢」と言います。

全世界は、この神への傲慢によって滅び去っていくのです。

過去のすべての文明も、この神への傲慢によって滅び去っていったのです。

今回もそうなるであろう。

資本主義も「利潤」を目的とした自然淘汰を実践しておりますが、今後は「利益」の自然淘汰ではなく、「真理」の自然淘汰となる。

資本主義では利潤をあげれば生き残り、上げられなければ滅んでいく。

人の生死が利潤という神の体、すなわち物質によって左右されてきた文明です。

偶像崇拝」の文明です。

だから生き残りのために企業や人間、国家や文明は必死で利潤と国益を目的とする。

神の体を必死で「」に置き、目的とし、間違えるだけ間違えていく。

それで犠牲になっているのは、いつも大衆です。

人類の半数以上もの人達が現代では地獄に堕ちており、その原因の一つがこれです。

このような体制の元、神の善を求める者は、よほどの善人か変わり者でしょうね。

神御自身の目から見れば、利潤は永遠に「」であり、国益も永遠に「」です。

永遠というのは、宇宙が終わるまでということです。

この下のものを上に置き、上のものを下に置いているわけです。

だから民主主義も神から遠い大衆が主権者と大嘘を垂れながら、大衆という下を主権者にして、上にしているわけですね。

永遠の主権者は大衆ではなく、この宇宙に住している限りは、永遠に神の心です。

これ以外に主権者があろうはずがありません。

利益と国益は神の目から見れば、相対性がその性質ですから悪ですが、この悪を善にして、善を悪にして、下を上にして、上を下にしてきた文明です。

すべてが神の心と逆です。

仏国土はそういった次元に属してはいない。

資本主義は利潤という結果(神の体)を目的としている限り、偶像崇拝に相当する。

事実、人類の利潤追求によって自然破壊は進み、生態系は多くが絶滅し、人間自身もその多くが地獄界に堕ちている。

利益と国益、この神の体(物質)を目的とした自然淘汰の世界です。

利益をあげられれば生き、上げられなければ死す。

神の体によって生死が左右されている。

大間違い。

仏国土の基本的公理は、神の体による自然淘汰ではなく、神の心による自然淘汰です。

すなわち善ならば生き、悪ならば死す。

霊天上界は、永遠にそうなっている。

人類もいつか死が訪れ、死後の世界に向かう。

この時、善ならば生き、悪ならば死す。

善ならば霊天上界に帰天し、悪ならば地獄にて死す。

この多次元世界、霊天上界にて永遠に行われている神の心の自然淘汰を、この世に持ち来たらした世界が、いわゆる仏国土。

この世では利益と国益、すなわち神の体(物質)による自然淘汰が行われているがゆえに、あの世の「」とこの世の「」が分かれている。

この世では少なくとも悪でも生き、善でも死す世界が展開している。

霊天上界は逆です。

あの世の「」とこの世の「」が分かれ、天地が分離している世界になっている。

その原因は、政治体制と経済原理を見性してみればわかる。

すべて神の御心と逆です。

仏国土の普遍的公理は、あの世の「」とこの世の「」が一体化した天地一体の道です。

神の心を「」に置き、神の体を「」に置く天地一体の道です。

正義を「」に置き、利益と国益を「」に置く天地一体の道です。

資本主義では「利潤」を、民主主義では「国益」を「」に置いています。

だから大宇宙、すなわち神御自身の目から見て間違っていると言っている。

大宇宙では、神の心が「」であり、神の体は「」です。

我々の文明は利益や国益といった神の体が「」に置かれており、神の心は「」に置かれています。

宇宙の構造や仕組みと分離している。

宇宙即我ではない。

宇宙、すなわち神と分かれますとすべては悪となり、罪となる。

罪の値は死なり。

この死を地獄と言う。

仏国土においては、神の善ならば生き、悪ならば死す、真理の自然淘汰を根底にもつ世界です。

この世でもそうなるとは、あの世が元々そういった世界ですから、あの世の「」とこの世の「」が一致してくる。

これを幸福の科学では、あの世とこの世を貫く幸福と言っていたはずです。

お釈迦さんも、本来はそういった意味で降ろしていた。

この世では神の体(物質・利益)を目的とし、利潤をあげれば悪党でも生き、利潤を上げられなければ善人でも死す世界です。

原因は、神の心を拝まず、神の体を拝んでいる「偶像崇拝」です。

原因が分かったならば、変えなければならない。

神の心を「」に置き、神の体を「」に置く文明です。

物質宇宙は神の所作物ではなく、神の表現である : 西田幾多郎

神の心が「」であり、神の体は「」で、永遠に天地一体です。

この大宇宙の構造と仕組み通りに政治体制や経済原理を考えていかなければならない。

そのためには今後も大宇宙の構造と仕組み、多次元世界の構造と仕組みを解明し、解き明かしていかなければならないわけです。

眼前の大宇宙、すなわち神御自身と神が造られた世界の探究なくして仏国土はない。

大宇宙の探究の道こそが、全人類の幸福の道であるということだ。

神を知っていった時に人類の幸福は在る。

神を知らない者に幸福はない。

何故ならば幸福とは、神の心そのものを指すからだ。

神の心を悟る、自己の本質を知る道こそが幸福の道であり、日蓮もあの世で悟りと言う名の幸福と言っていたはずです。

神の心を悟らない者達が、地獄に堕ちて不幸になっているではないか。

神の心を悟っている者達は、例外なく霊天上界に帰天して幸福になっているではないか。

我々人類の幸不幸は、神御自身が永遠に決めておられるではないか。

あの世もこの世も同じです。

ただこの世は政治体制や経済原理、あるいは宗教すらもあの世と分離しておりますので、その体制下で生きている人間はすべて神の体による自然淘汰に晒されている。

だからこの世の善人の中では、世界の崩壊を願う人も多いでしょう。

本能的に間違っている世界であることを、霊天上界の郷愁から知っているのですね。

でもどこが間違っているのかが分からない。

ただすべては神の子ですから、神の種が生命に植え付けられている。

ゆえに間違っている世界、すなわち悪の世界の存続を望まず、世界の崩壊を望むことになる。

これは自然の本性に合っています。

人間・神の子、善無限の生命として造られている善の子が、悪の世界や人間の存続を肯定するわけありません。

善霊は善霊に通じ、悪霊は悪霊に通じるというのは宇宙の理法です。

善霊が悪霊に通じ、悪霊が善霊に通じるわけありません。

善霊が悪の世界と通じるわけないし、それを肯定するわけありません。

世界の崩壊を望むのも、宇宙の理法に十分叶っていると思います。

人類の半数以上もの人達が地獄に堕ちている現行の世界の存続を望む人は、善人の中ではいないでしょうからね。

これがアメリカで世界の崩壊だの世の終わりだの、あるいは最後の審判だのと言った意見が、やたら出てくる理由でしょうね。

その理由が、大宇宙たる神は永遠に神の心を「」に置き、神の体を「」に置いておられるのに、その神の子たる人間の作っている世界は、すべて鏡の世界のように逆の世界を作っている。

鏡に映した自分の顔は、左目が鏡の世界では右目であり、右目が鏡の世界では左目になっている。

なんかおかしいなと思っても、その鏡に映っているのは間違いなく自分だ。

だから知らず、知らず、その誤った世界を正しい世界だと錯覚してしまう。

ただあまりにも酷い世界ですと本性の方が強く出てくる。

霊天上界にいた時の自分は善を右手で掴み、快楽を左手で掴んでいたにも関わらず、鏡の自分は左手で善を掴み、右手で快楽を掴んでいる。

この世は鏡の世界であり、狐の世界ですから、これを俗に化かされるという。

悟りの欠如している者は、この世で簡単に化かされます。

だから神の子ともあろう者が、霊天上界で旨としていた神の善を旨とせず、この世に生まれると神の子が利益と国益を旨とするようになる。

善も利益も、どちらも快楽がありますからね。

善悪は現象上一致します。

霊的に未熟な人は、知らず、知らず、快楽を旨として利益と国益を目的とするようになるのです。

そして転落していくわけですね。

悟りがないとこの問題は、どうしようもないのですけどね。


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2017年09月21日

目立ってきた日本の衰退

世界銀行が、2016年度の購買力平価(PPP)のランキングを発表しています。

GDP, PPP (current international $)

1位が中国であり、2位がアメリカです。

インドが3位であり、日本は2016年時点で4位に落ちています

1位 中国    21兆4171億4986万ドル

2位 アメリカ  18兆5691億ドル

3位 インド   8兆7029億0001万ドル

4位 日本    5兆2664億4392万ドル


中国は去年よりアメリカとの差を広げています。

差は「2兆8480億4986万ドル」であり、イギリスのGDPとほぼ同じほどの差が開いています。

アメリカとイギリスのGDPを合わせますと丁度、今の中国と同等となる。

事実上、世界経済のトップに躍り出ていますが、背後にゼウス神と孔子、あるいは他の諸神霊がおられるので発展するのは当たり前であり、今の中国は過去の何の神霊も加担していない弱い頃の中国とは違います。

この傾向は、今後も続くでしょうね。

日本経済の「4.07倍」であり、ついに「4倍」を超えてしまいました。

神道は「2倍の差」でへこんでいたわけですから、「4倍」となると、もうどうにもならんでしょう。

世界経済の崩壊を祈るしかない。

しかもまだまだこの差は開いていきます。

これを自業自得と言う。

今、享受している中国の繁栄は本来、日本が享受する予定の繁栄でしたが、究極の真理である当ブログのゼウス神と仏陀の法に対して戦争を売ってきた神道ゆえにその予定は1991年以後変更されています。

福島で裁きも既に下っておりますので、もう無理です。

世界で犠牲を作りすぎました。

謝って済む問題ではない。

恨むのならば、ひたすら権力と富に群がっている天之御中主とテンテル(天照)ら神道系を恨むことですね。

ほんと卑しい系統で。

1991年、神道を抑え込むために中国の繁栄に加担してきたわけですが、それに挑戦してくるようにイエス・キリストと言われる霊が、インドに一生懸命加担しておりました。

彼は過去、クリシュナとしてインドにも生まれておりますし、釈迦の過去世もインド人ですので加担しやすかったというのもあるのでしょう。

その尻馬に乗って日印同盟で「中国包囲網 !」なんて空騒ぎしていたのが犯罪系統である神道です。

こいつらの言う神とは、一体何なんでしょう。

神の心の「」の字もありません。

すべて快楽と利益を心の物差しとした自己都合です。

だからカースト制度のインドと仲が良いように振る舞っているのです。

これが霊的な真実です。

イエスの言う平等も嘘というのが散々ばれました。

思想的にも行動的にもです。

キリスト教がいかに「平等」を主張しようとも、カーストやアウト・カーストと言った酷い差別制社会を作っているインドに加担してきたわけですから、その語る「平等」は嘘でしょう。

中国の繁栄は、神の善悪の見地から戦略的に加担していたわけであり、それを場当たり的に挑戦するような態度で、その場その場で適当に加担していたイエスらとは異なります。

中国の繁栄の目的は、従って東洋一の悪である神道をその全体を通して抑え込むことです。

これが目的で加担しているのです。

イエスらのように富を目的として加担してきたわけではない。

だから最近は神道が大人しくなっちゃって、少し前は中国のGDPはいかさまだの中国経済は直ぐに崩壊するだの散々自己の願望をまき散らしていたわけですが、最近は内向きになってしまい、その元気もなくなったようです。

中国の繁栄の記事やニュースがありますと、以前は反発する元気がまだあったのですが、今は中国の繁栄のニュースがありますと、それを見ないようにしたり、だんまりを決め込んだり、避けたりしています。

4倍」も差が開くと、もうどうにもならんでしょうけどね。

アメリカの経済力や軍事力を利用して、今までのようにアジアの貧しい国々をその富で抑圧し、そのうるさい口を塞ごうとしても、その当のアメリカをも中国は超えてしまいましたからね。

そのアメリカ・メディアにもこの言われようです。

日本はまもなく「中国の周辺国」に…米メディアが突きつける未来予想図

記事では日本の経済的成功の要因は、技術力や勤勉さではなく、単なる人口の多さであると言っています。

日本のGDPは英国のそれの1.8倍だが、それは日本の人口が英国の1.9倍であることを反映しているだけで、別に日本人が英国人に比べて特に優れているということの証拠ではない。

この記事にもあり、また以前の記事でも書いたことがありますが、人口が減少していくということは「需要」が減少していくということであり、「需要」が減少していくということは「供給」も減少していくということです。

スケールメリットは人口1億人で作用しますが、日本はその1億人を割っていきます。

単に需給が減少し、経済が縮小していくだけではなく、人口が減少していくということは長らく日本が得ていたスケールメリットを失っていくということです。

これは経済にとっては致命的な作用を及ぼします。

しかも超少子高齢化ではなく、最近は無子高齢化なんて言われています。

日本は「92年から25年間ほとんど経済成長していない。」

1991年から国家単位で「神約民主論」を利用して世界の盟主になろうとして競い立ってきたわけですが、その翌年からもう数字で出ています。

神約民主論」を実現した国家と文明が、今後の世界の盟主であり、世界の繁栄を導く国家と文明になる唯一の道ですからね。

真理の高さだけは、悪賢く理解していたわけです。

ピーク時に日本のGDPは米国の70%だったのが、今では4分の1となった」(アトキンソン)。

付け加えれば、日本は2010年に中国に追い抜かれて、今では中国の44%の経済規模である。

中国が大国で日本が中等国だというのは、将来の話ではなく、すでに現実なのだということに気づかなければならない。


「気づかなければならない」(キリッ)

記者は、既に日本は中国の周辺国になっている現実を見つめなければならないと説いています。

神を売ったというか、神の権威を支配しようとして戦争を売ってきたわけですが、こういった国家が繁栄することはない。

支配は快楽と利益が基本にありますから、この国家は今後も利益と国益という悪を目的として善をも利用しながら虚栄にふけり、衰退していくことになる。

神への信仰の欠如した国家は無限に衰退していくことになる。

そのモデルの国家が、神道が私物化している日本です。

もはや神を信ぜよなどと言う気は、もうとうない。

何をしようが無限に衰退していくことは分かっているわけですから、信仰を主張する必要も実はない。

福島を見れば分かりますが、今さら信仰を語っても無駄です。

日本の善人も、一部はいるようですから公平に扱われるのでしょうが、国家としてはもう無理。

プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が、非常に甘い見通しを出しています。

まだ分かってません。

今から13年後、2030年のGDPランクです。

2030年、世界経済をリードする21カ国ランキング −− 日本は何位?

1位 中国     38兆80億ドル

2位 アメリカ   23兆4750億ドル

3位 インド   19兆5110億ドル

4位 日本    5兆6060億ドル


わずか後10年でアメリカは中国の「60%」の経済規模になる。

2期8年のトランプ政権が、最後のチャンスでしょうね。

まさに世界チャンピオンとしてのアメリカの切り札(トランプ)でしょう。

10年後、中国は日本の「7倍」の経済規模になっていると試算しています。

今は「4倍」ですが、後10年で「7倍」になると試算しています。

13年で日本が中国の中で3つ増える。

こうして悪は衰退していくことになる。

大体、悪が繁栄していいわけない。

ゼウス神は善以外、繁栄させる気はない。

今の中国が善かと言えば、必ずしもそうとも言えませんが、少なくとも日本の神道よりかは遥かに「まし」です。

ほんと、こいつらタチ悪いですからね。

なんせこれですからね。

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しかし・・もの凄い顔です。

もう一つ、これもうけました。

「北朝鮮脅威、眼前に」 安倍首相が国連演説 日経

北朝鮮の核開発で「核不拡散体制は深刻な打撃を受けようとしている」と懸念を示した。

どの口が言うのでしょう。

核不拡散体制とは、国連の常任理事国5ヵ国(アメリカ・中国・ロシア・フランス・イギリス)以外の国は核兵器を保有してはならないという体制です。

しかして実際は核不拡散体制は、とうの昔に崩れているわけであり、今さら感があります。

5ヵ国以外に既にイスラエル・パキスタン・インドの3か国は既に保有しているわけであり、北朝鮮を入れて9ヵ国目になります。

何故、インドやパキスタンを批難しないのでしょう?

核不拡散体制を先に破っているのはインドであり、このインドに対しては原発まで輸出しようとしています。

インドを批難せず、北朝鮮だけを避難している。

これをダブルスタンダードと言う。

二重基準は自我の相対性から発しており、とても正義とは言えない。

単に自己の好き嫌いの利害関係で主張しているということです。

何か欲しいから北朝鮮だけを批難している。

神道の群がっている者に神の正義を言っても無駄ですからね。

核不拡散体制の破壊をもって北朝鮮を批難するならば、その同じ基準に従って、それを破壊したイスラエル・インド、そしてパキスタンを批難しなければならない。

そうでないと北朝鮮への批難は無効となる。

こういった退屈なことを言うから、こうなる。

トランプ大統領の演説です。

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さすがに「腐ってもアメリカ」です。

国連は満員御礼です。

これが安倍総理です。

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がらがらです。

腐っても金魚の糞です。

腐った金魚の糞って最悪ですね。

記者以外、誰も聞いていないみたいです。

矛盾したきれいごとを聞かされても退屈なだけですからね。

時間の無駄です。


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2017年09月19日

神の存在 4

物質宇宙は神の表現体であり、神の体である : 高橋信次

宇宙は神の所作物ではなく、神の表現である : 西田幾多郎


すなわち眼前の大宇宙が神だということです。

如来の悟りの普遍的特徴は、宇宙即我、宇宙が神だと悟っている者のみがこの世界に帰天します。

神の心を信ずることを信仰と言い、神の体(物質・利益・国益)を信ずることを偶像崇拝と言う。

霊天上界では、神の心を信ずることを信仰と言い、神の光を信ずることを偶像崇拝と言う。

幸福が善、快楽が悪であり、第一級の精神とは、この幸福と快楽を一つと認識すると同時に区別できる精神を言う。

生命即物質、幸福即快楽、善即悪の紙一重を悟っている者を無限を悟り、永遠を悟り、完全を悟りたる者と言う。

如来や大如来の中でも、この幸福と快楽を区別できていない者も多く、私はこれを区別できていた精神を二人しか知らない。

一人はアメリカの思想家、ラルフ・ウォルドー・エマソンであり、今一人は哲学者、西田幾多郎です。

この二人は明確に幸福と快楽、正義と国益、善と利益は一つであると同時にこの二つを明白に区別できていた第一級の精神です。

人類史の中でも誇れる精神ではないかな。

よくあの時代であそこまで悟れたものです。

二千年前のイエスも高橋信次氏も区別できていなかった。

正義と国益、善と利益、幸福と快楽、生命と物質、神我と自我、天と地、主観と客観、これは一つですが、この一つを結合させている「紙一重」、ここにのみ無限と永遠、完全と真理が在る。

この「紙一重」を「水平線の法」として開示しました。

かつてエマソンが美の恒久的特質の一つとして上げていた「水平線」、この大空と海が交わる一線にエマソンは永遠の美を見た。

私は善悪の極致を見た。

水平線の法」は、過去・現在・未来に出てくるすべての善とすべての悪を判定する普遍的価値基準の法であり、神の善悪の極致です。

もちろんこの善悪の基準は、永遠に変わりません。

過去・現在・未来に出てくる全宗教・全哲学・全思想の正邪を分ける基本の法であり、この「水平線の法」を基本として正邪を分ける7つの公理があります。

Creator's Report 1」では、その中の1つを開示したと思うけれども、7つあるのです。

神道のうっとしい妨害工作で、未だ開示できておりませんが、今はもっと先を探求しておりますので私の中では、大分前の思想になっている。

水平線の法」は、今後ゼウス神を中心に発現される仏国土と神の繁栄の基本をなす法であり、これを知らぬ者は神の繁栄を創造できず、神の国も造れない。

水平線の法」は、神の善悪の極致の法であり、普遍的な永遠の価値基準であるということです。

神の光は快楽一元であり、気持ちがいいのですね。

すると甘えた神霊は、快楽を善とし、不快を悪として地獄を創造していくことになる。

あるいは快楽を善とし、不快を悪として虚栄を身につけていく。

神は光なり」と説いてきた者が地獄を作ったということです。

神の光は快楽そのものですから、こういった神霊は必ず自己標準であり、また快楽とは要は力の支配、つまり力という相対的なものを絶対化している「傲慢」ですから、換言すればこの「傲慢」が地獄界を作ったとも言えます。

地獄霊や悪魔がこの世の人間に不快と不利益を与えんとするのは、この神の光という快楽で支配してきた霊がいるからです。

快楽を絶対化しておりますので、地獄霊が不快と不利益を与え、天国の快楽と地獄の不快で全体としては、神がバランスが取っておられるということです。

神の光の快楽ですね。

これは初期、大川さんのところで高橋信次氏もあの世で言っておられたと思います。

我々の住む霊天上界は神の光の快楽で満ちているのです。

恍惚感があってね。

あなたエクスタシーですよ。

エクスタシーなんて言うと女性は、変なことを考えるのですが、私は真面目な人だからそんなエクスタシーなんて知らないんだから。

そうではなくね。

神の心に叶っていれば、死後その神の光の恍惚感、無上の至福の中で生きていくのです。


なんて言ってました。

神の心が善、神の光が悪であり、神の心を悟れば、これを原因として結果、神の光が増加していく。

神の光は結果ですから、有限を超えて逸脱すれば、地獄の創造主となります。

光一元思想なんて有限を逸脱している典型の思想です。

神の光が悪だと悟っていない思想です。

神の心を悟らずに神の光が勝手に増すわけないでしょ、ということです。

光一元思想は原因と結果を混同している。

結果という物質をこの世に投げつけてきている。

神の光を絶対化しているから自我も絶対化され、快楽も絶対化され、虚栄に耽り、異常な行動を取るのです。

これもまた西田哲学のように、またエマソンのように幸福と快楽を区別できていない思想です。

区別できていないから快楽を絶対化して異常なことをするのです。

このような思想は、利益を絶対化して異常なことをする者達と変わらない。

前回、方便神の限界を言いましたが、既存の古い宗教では神そのものを誤解させることになる。

もちろんこの世の地上人間にインスピレーションを与え、心を神の心に従って養い、導き、豊かにしてくれる存在は方便神ですから、これを否定するのも間違っている。

大宇宙、この神の心と神の体、生命と物質が永遠に我々人類の善悪を支配しておられるわけですから、これが神の法の中核です。

人類各個人の人生観、世界観、価値観のそのすべてをそこに善悪を問うのであるならば、眼前の大宇宙、すなわち神の心と神の体、この生命と物質が永遠に支配しておられる。

我々の三世に渡った善悪を完全に支配しているのは大宇宙、すなわち神ですが、しかしてこの大宇宙がまだ宇宙の仲間入りもしていない地球人の蟻んこのような人間に啓示を与えたり、一々インスピレーションを与えたりするようなことはないわけです。

我々の善悪を永遠に支配してはいるのですが、その大宇宙そのものが地上人間相手に一々インスピレーションを与えたり、啓示を与えるようなことはないわけです。

それを与えてくれるのは方便神です。

地上人間よりも神の心を知り、その大宇宙の心に従ってインスピレーションや啓示を降ろしてくれる具体的な存在が方便神と言われる神霊達です。

ただ方便の神ですから、これを主体にしますと色々と矛盾が出てくるわけです。

それを前回言いました。

方便の神は、実相の神、大宇宙そのものが持っている5つの属性を有していないのです。

有していないのに神だと主張すれば、これが宗教戦争の原因になったり、あるいはこの世の人間が神とは何かを誤解したりする動因になるのです。

大宇宙、すなわち真の神とは、眼前の大宇宙創造の当事者であり、地球人のみならず全宇宙に生きているすべての神の子達の人生の意義であり、完全な真理であり、歴史の究極目的であり、全ての矛盾と対立を永遠に統一している存在です。

神はこの5つの属性を、すべて有しておられる唯一の存在ですが、さすがに方便の神とすり替えますと、色々と矛盾がでてくるのです。

既存の宗教は古い宗教ですから当時は実相の神と言っても大衆が分からない。

だから方便の神を中心として宗教を創始してきました。

しかして今後の宗教的真理は、この方便の神を中心にするわけにもいかないわけです。

神を誤解させることになるからです。

例えばキリスト教では聖書以前には、まるで神など存在していないかのような信仰をしている。

イスラム教も同じです。

神への信仰と悟りによって高度な真理を悟れば、これを原因(神の心)として結果(神の体)表現するのが書物であり、聖書であり、コーランです。

大抵の宗教は方便の宗教となっており、この結果という書物を拝んでいる。

結果に比喩した善、すなわち既存の宗教は、古い宗教ほどそうですが、方便の域を出ていない。

方便の教えとは二次元平面世界の教えです。

要は縦横の二次元の教えということです。

上下がないのです。

上下の上とは、霊天上界、下とはこの地上人間の生命です。

この上下がないのです。

そして霊天上界とは、我々のただ中に在る。

外界の書物ばかり暗記して、この上下の上に入っていないのです。

天地の方位に各個人の生命が入っていないわけです。

これが方便の教えであり、禅の坊主などは、方便の善をくそ虫、蛆虫の善と言います。

方便の教えは、何千年実践しても世界の良化はないからです。

縦横の二次元平面世界に上下の方位が加われば、これが立方体になる。

アテネオリンピックの開会式でゼウス神が啓示していた立方体の世界です。

ゼウス神は、立方体の上に裸の人間が歩いていたはずです。

まさに真理の世界そのものです。

これですね。

23分16秒からです。

アテネ・オリンピック

アテネ・オリンピックはギリシャの神々の復活であり、ゼウス神の啓示に満ち溢れていました。

あれほど真理が象徴的に表現された開会式はなかったはずです。

かつて記事でも扱いました。

アテネ・オリンピック開会式

既存の宗教は、天地の方位が決定的に欠けており、本ばかり暗記している。

意味がない。

ソクラテスは、コーランを暗記しろ、聖書を暗記しろとは一言も言っていない。

汝自身を知れと言った。

おのが心を知れ、と。

既存宗教は方便の域を質的にも実践的にも出ておらず、聖書のない時代、たとえば5000年前とか1万年前とか聖書も仏典もコーランもないわけです。

その時代には、あたかも神は存在していなかったかのような信仰をしているのです。

聖書やコーランのない時代でも、大宇宙や自然界という神の体が人間の肉体を養っていたし、精神も神の心が養っていました。

今もそうだし、今後もそうです。

永遠に大宇宙、すなわち神が我々の肉体も精神も永遠に養い、導いている。

過去の1万年前も2万年前もそうでした。

今後の1万年、2万年後もそうです。

永遠に眼前の大宇宙、すなわち神が養っている。

神は過去・現在・未来の三世を超え、宇宙の果ての星でもその星の善悪を永遠に支配しているのは、地球で今、私が言っているこの生命と物質、すなわち神の心と神の体が支配している。

何も宇宙に生きるすべての神の子達だけではない。

あの世の諸神霊もすべてこの生命と物質が支配しています。

アラーもモーゼもイエスも釈迦もすべてこの眼前の大宇宙、すなわち神の心と神の体が絶対の正義で永遠に支配しているのです。

今回はこの最も大切な神の権威の確立ですね。

最も根源的な権威と言ってもいいでしょう。

他の星の諸神霊も、この地球で言っている生命と物質、すなわち神の心と神の体、大宇宙が永遠に支配しています。

今後の地球の歴史では、この大宇宙の探究、すなわち神の探究の歴史となる。

その神の権威すらないのですね。

これを神約民主論を通して確立していくということです。

取りあえず、この時代ではね。

この題はまだ続きます。





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