2017年09月10日

神の存在 2

汝自身を知れ : ソクラテス

この「」とは、すべてのすべてであり、汝と離れて何ものをも存在してない。

宇宙の外に何がしかの物があったにしろ、それは我々の意識活動とは没交渉の物であって実在とは認められない : 西田幾多郎

この「」のただ中にすべてが存在している。

神の国はここに見よ、かしこに見よというところにあるのではない。

神の国は、実にあなた方のただ中にあるのだ : イエス・キリスト


多次元世界、いわゆる神の国は、一人一人の潜在意識にある。

しかも永遠にある。

汝のただ中に天国があり、地獄がある。

汝のただ中に多次元世界とその住人500億の霊人がいる。

汝のただ中に地獄界があり、その住人30億人がいる。

汝のただ中に人類70億の守護霊がおり、宇宙がある。

汝のただ中に神が在る。

ソクラテスは、この「汝自身を知れ」と言った。

すなわち汝自身を知れとは、多次元世界を知り、地獄界を知り、善を知り、悪を知り、神の心を知り、神の体を知り、宇宙を知る。

自分と他人を知り、70億の人類を知り、多次元世界の住人500億人を知り、地獄霊30億人を知る。

すべてのすべてを知れという意味です。

これが「」の正体。

自己の中にある一切のものは、他者の中にある一切のものと等しい。

そう断定しうる根拠が神の存在。

自己の中にも神は在り、他者の中にも神は在る故に自己の中にある一切のものは、他者の中にある一切のものと等しい。

神を知るとは自己を知り、他者を知るということであり、相互理解の本質はこの点にのみある。

もし神の存在なくば、自他一体の悟りはあり得ないゆえに人類の相互理解も永遠にない。

自分の本質と他人の本質は、根源から異なっているというならば、相互理解は永遠にない。

自分と他人は違うと言っているわけですから平等がなく、共通項がないから相互理解もなく、普遍的な価値もなくなる。

自分を知ることは、他人を知ることに等しい。

自己を知る、その真正の自己とは神の心そのものであり、その知った神の心は他者の本質でもある。

自分を知らぬ者は、他者をも知らない。

真正の自己を知ることが、相互理解の本質であり、すべての人類が神を知った時、これを人類の相互理解という。

神の存在を無視して人類相互間の理解はあり得ない。

ただ単に利害関係の調節をしているまでであり、それを相互理解とは言わない。

神の存在なくば、相互理解はあり得ず、単に利害関係の調節をしているまでである。

神の存在なくば、自己と他者が自他一体とはならない。

自分と他人は違う。

肉体も違えば、個性も違う。

物心は神の差別相である : スピノザ

神の存在なくば、すべては永遠に自他分離となる。

すなわち永遠に平等がなくなる。

神の存在においてのみ「平等」であり、これ以外「平等」は存在していない。

宇宙の果てに行ってもない。

我々人類に与えられている「平等」の価値は、たった一つのみであり、生命のど真ん中に神の存在を有している点においてのみ完全に「平等」であり、我々人類には「平等」はこれしかない。

つまりこれ以外は、すべて差別相。

顔も違えば、個性ゆえに精神も違う。

「平等」とは、過去の人類、現在の人類、そして未来の人類、一人の例外もなく、完全に同一であり、完全に同質であり、完全に同規模であり、他との比較においても何一つ欠落点や差異があってはならない。

過去・現在・未来を問わず、また一人の例外もなく、完全に同一同規模同質同量でなければ「平等」とは言わない。

これは我々人類には、たった一つしか与えられていない。

生命の本質に同一の神の存在を宿している点においてのみ人類は永遠に「平等」であるということだ。

従ってこれ以外はすべて差別相。

人類が今後も「平等」を認めるのであるならば、神を信ずることは自由ではなく、義務であるということだ。

何故ならば「平等」とは、神の存在しかないからです。

つまり神の存在を否定した場合、「平等」は永遠になくなるということだ。

神の存在を否定して「平等」を語るならば、その「平等」はすべて偽物の平等です。

「平等」とは、神の存在しかないからです。

他にあるというならば、言ってみせてみよ。

神の存在を無視して「平等」があるというならば、言ってみせてみよ。

永遠に存在しないと断定する。

つまり神への信仰やその心を悟る人間としての義務を放棄している者達の語る「平等」はすべて偽物です。

「平等」を認めるならば、というか認めざるを得ないわけであるが、神を信ずるのは義務であるということ。

もともと神は大宇宙をそれを目的として創造されたわけであり、神を信じない者の語る「平等」は物質にすり替えられた「平等」であり、あるいは「平等」でも何でもないものを「平等」だと信じ込んでいる謬見です。

「平等」である限りは、過去の人類、現在の人類、そして未来の人類一人の例外もなく、自他が共有するものの中で、一切の欠落点や差異が一点たりともあってはならず、完全に同一でなければならない。

それは我々には、たった一つしか与えられていない。

人類各個人の生命の中心に存在している神の存在のみです。

ここにおいてのみ永遠に人類は「平等」であり、ここ以外に「平等」はないということです。

「平等」を否定するとは、神の存在を否定するのと同義。

「平等」を肯定するのは、神の存在を肯定するのと同義。

「平等」を否定した場合、我々人類の普遍的な価値や思想、我々人類の永遠の共通項が失われます。

相互理解もありませんから、人類は永遠に戦争の中を生きなければならなくなる。

あるいは利益を基準に、他者よりも多く何かを得ようとして、他者を出し抜き、騙し、弱みに付け込みながら永遠に生きていかざるを得なくなる。

神が存在しない世界とは、すなわちこれ地獄。

この世がそうであろう。

半数以上の者達が、地獄に堕ちているであろう。

こういった世界を地獄と言う。

あの世の地獄も同じ。

地獄界に神の存在はない。

人類の共通項を拝む世界が、神の国。

人類の共通項を拝まない世界が、地獄界。

人類の共通項を拝むことを、いわゆる「信仰」と言う。

神の存在以外に我々人類の共通項はないということです。

この神の心の探究とその理解の深化が、今後の人類の歴史となる。

神の存在のおいてのみ「平等」であるということだ。

これ以外はすべて差別相。

顔形、肉体、精神、個性、肌の白黒、家柄、容姿、意見、思想に感情、感性に知情意、すべてこれ差別相。

神の存在を否定した場合、我々人類には差別相しか存在しなくなる。

また自他の共通項もなくなり、普遍的な思想や価値もすべて喪失する。

民主主義に欠けている価値、ないしは矛盾した価値の最たるものが、自由と平等のこの「平等」です。

神への信仰もなく、義務もなく、「平等」を主張している。

神の存在を無視して「平等」などはどこにもありませんが、「平等」を語っている。

これ偽物の平等。

既存の民主主義では、自由と平等を謳いますが、この自由と平等の二大概念が矛盾している。

神の存在においてのみ人類は永遠に「平等」であり、その「平等」の神の心に従って自由を行使した時、

真理は汝を自由にせん

すなわち全人類は自由となる。

そしてこの神の存在は、人類の共通項であり、人民共通の利益ではなく、人民共通の人生の意義である。

民主主義下において矛盾している二大概念「自由と平等」は、神の存在においてのみ統一止揚される。

この神約民主論国家において、既に全世界195ヵ国中、60%を超えている民主主義諸国のすべてが進化することになる。

民主主義は方便の善であり、本来無限化していい体制ではない。

神を信じて生命が進化向上した時、これを原因(神の心)として結果(神の体)あらわれるのが民衆のためという結果です。

この結果を目的としている。

結果に比喩した善、物質に比喩した善、利益に比喩した善、すなわち民主主義は方便の善です。

結果とは物質を意味しており、物質とは利益ですから人民共通の利益に基づいた国家契約となり、また物質は矛盾を意味しておりますので自由と平等の二大概念が矛盾しているということです。

この体制では利益と国益を本質に有しておりますので、仏国土や神の国は永遠に造れない。

社会主義も同じですが、その体制の本質が根幹から矛盾しているのです。

物質や利益という相対性と矛盾をその体制の本質に置いているからです。

だから社会主義、民主主義共に、これでは神の国は永遠にできない。

人民共通の利益に基づいた国家契約から人民共通の人生の意義に基づいた国家契約である神約民主論国家によって民主主義はすべて神の方向に向かって進化する。

人類各人が今後も求める自由と平等の二大概念も統一止揚され、正確な概念となる。

宇宙の構造と仕組みとも合致しています。

これを実現した国家と文明が、今後数千年の世界の盟主となるでしょう。

全世界を繁栄に導いていくはずです。

これを実現する上で主導されている神霊が、ゼウスと言われる神霊です。

神約民主論を通して大宇宙の絶対的権威、すなわち神の権威ということですが、これが実現されます。

神の存在によってのみ世界は進化するということです。

とにかく今回は、人類の眼前に永遠に存在し続ける大宇宙の存在こそが、神の存在なのだという事実をはっきりさせなければならない。

これをやっとかないと、また神の名を語って宗教戦争を始めてしまう方も出てきますのでね。

大宇宙が神だと知っていれば、宗教戦争などないのですよ、ということです。

イスラム教徒もキリスト教徒も大宇宙は否定できないのですから。

大宇宙が神だと知らない方々が、宗教戦争をやっているのです。

これを神約民主論を通してやるということです。

もう人類は神の存在を誤解してはならないのです。

神を否定すれば、平等はなくなりますし、普遍的な思想や価値もなくなりますし、相互理解もなくなるし、真善美もなくなるし、人生の意義すらなくなってしまうのです。

神の存在なくば、この世もあの世も地獄界になってしまうのです。

人間独自の王国になってしまいます。

地獄界とは、人間独自の王国であり、勝手な世界ということです。

この世でもいるでしょう。

勝手なことをやり、勝手な判断をし、勝手なことを説き、勝手なことをしている人が。

これは地獄なわけです。

これが世界崩壊後に実現される神の国の体制である神約民主論ということです。

仏国土の造り方もある程度分かります。

一言で言えば、要はあの世の多次元世界、霊天上界にこの世がその全体として卑近してくる。

何にもまして、とにかく大宇宙、すなわち神の存在とその心を正確な知識に基づいて説かなければならない。

そして正確な知識に基づいて、この至高の権威が確立され、我々の文明を豊かにし、進化させ、世界全体をグレードアップしていく。

それを可能にする政治体制が、神約民主論ということですね。

そしてこれを国家単位で20年以上、盟主になれないものだから、総勢力を結集して妨害してきた霊系統が神道系ということです。

その反作用が福島です。

もう犯罪の証拠はばっちり残りました。

この系統は、もうどうしようもないです。

この題はまだ続きます。


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