2016年11月10日

救世の原理 1 人類の幸不幸は大宇宙(神)が永遠に握っている (3)

今回、GLAであの世における霊格なるものが明らかになりました。

幽界・霊界・神界・菩薩界・如来界・宇宙界」と悟りに応じた各段階がある。

一即多、多即一ですね。

生命のど真ん中には人類共通の神の存在があり、この点においてのみ過去・現在・未来の三世を超えて人類は一人の例外もなく「永遠に平等」である。

黒人・白人・黄色人種、シッポが生えている宇宙人、腕が五本も六本もある宇宙人も関係なく、肉体という物質の形態を取り去って生命そのものの本質を見るならば、すべてが神において「平等」であり、これが永遠の人生の意義となっている。

ここには何の差異も差別もなく、全く同一・同質・同量・同規模であり、永遠に変わらない。

幽界人の生命の本質も神であり、宇宙界人の生命の本質も神で何の差異もない。

完全永遠に「平等」です。

しかして「平等」なる神の心を知らんとして人類各人がこの自己の本質に向かう。

すると10の努力をする者もいれば、100の努力をする者もいる。

500の努力をする者もいれば、1000の努力をする者もいて千差万別である。

人類は均質な努力はしないというかできない。

同一の努力をする者はいませんから、その努力には差がある。

しかしてそれも神の心を基準に「公平」に評価されている。

これがあの評判の悪い霊言で鑑三さんが言っていた「霊天上界は平等と公平の価値観に貫かれている」という意味ですね。

この世の人間のような神の体を基準とした「平等と公平」ではないわけです。

あくまで神の心を基準とした「平等と公平」です。

ここを間違う人がいます。

すると「平等と公平」を原因(神の心)として結果(神の体)、「幽界・霊界・神界・菩薩界・如来界・宇宙界」の評価となる。

この結果(神の体)を目的として霊的カーストだの、身分差別制社会だのと捉えるのは結果を目的とした「偶像崇拝」です。

大間違い。

徹頭徹尾、神の心が永遠に基準になっている。

この各人の公平な評価を、いわゆるあの世では「霊格」と言います。

この世の地位は「神の体」、すなわち利潤や国益で決まっています。

利益を上げればこの世では地位が上がるのです。

ところがあの世の地位は神の体が基準になってはおりませんから、いくら利益と国益を上げても菩薩や如来にはなれない。

利益や国益をいくら上げても、また上げなくてもあの世での地位、いわゆる「霊格」が上がることもないわけです。

従って多次元世界、すなわちあの世の地位をこの世の地位のように捉えて、混同するのは「やぶ医者」です。

傲慢と言ってもいい。

地位という現象と症例は同じでも、原因は違うわけですから、同じ薬を処方してはならない。

ところがこの世では症例を見て同じだからと言って、傲慢な判断を下し、同じ薬を処方する「やぶ医者」が沢山いるのです。

あの世の地位をこの世の地位のように捉えているのです。

高橋信次氏のお弟子さんも、この陥穽にはまり、偉い、偉いとうぬぼれていった。

これを神理のド素人と言う。

人さまに神理を説くのは1億年と5年早い。

説けば、悟ってもいないのに神の名を語っているわけですから、詐欺罪を犯していることになる。

これを神理の「ど素人」と言う。

分からなければ、はっきりと言っておくけれども、この地上では少なくとも神の名を語って、これが神の心であると説いて良い資格をもっているのは、大川さんと私だけです。

他の国にも存在しませんし、日本でも私を合わせても二人しかいない。

大川さんは、まぁ確かに今はちょっとおかしくなっていますけどね。

困っちゃいますけどね。

でも資格はあるわけです。

でも神の名を語って説いている人が、雨後の筍のようにたくさんいますね。

これをどこかの諸神霊が言っていたと思いますが、

この世の宗教家の多くは詐欺罪」を犯していると言っていました。

詐欺でしょう。

悟っていないのに「神の心はこうだぁ、こうなんだぁー」と言って人をたぶらかしているわけですからね。

旧約の十戒でも残っているはずです。

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。

それがほんとに神の心ならいいよ。

ところが大抵、神の心はこうだぁー、こうなんだぁーと言っている者の思想や価値が明らかに神の思想レベルに到達していないわけです。

悟っていないわけです。

なのに神の心はこうだぁーと言っているし、また愚かにもそれを信ずる人がいるから、十戒で言わざるを得なくなるわけですね。

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。

悟っていない者が、あたかも悟っている者のように振る舞い、大衆をたぶらかしているから、あのおっさんもあの世から言わざるを得なくなる。

神の名をみだりにに語るんじゃない。

神の心でも何でもないくせに、語るなよ、自己都合の意見で言っていると言え、とそういうことなんですよ。

神の名は悟るまでみだりに語るなということですね。

そんな人、この世ではほとんどいやしないんですから。

「救世の原理 1」のファイル3です。

1時間11分13秒の音声ファイルです。

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posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神理
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