2016年11月18日

救世の原理 1 道徳性と適法性 (4)

救世の原理 1」ファイル4です。

神の奥義の一つ「道徳性と適法性」を扱っています。

この用語はもともとカント哲学の用語ですが、善悪の根本を理解する上で必須の法ですので、少し分かりやすく説いてみました。

以前も述べたと思いますが、この「道徳性と適法性」は、神理の玄人と素人を画然と分ける法であり、これを知らない者を神理の素人、知っている者を玄人と言います。

一部の知的エリート、いわゆるカントやヘーゲル、西田哲学では当然理解されているわけですが、私が見ます所一般的にはまるで知られていない神の善悪の奥義の一つです。

哲学の難解な表現から説かれてはきているのですが、理解されていないのでしょう。

それを分かりやすく説いてみました。

これは神の善悪の根本的な基本です。

これを知らないから世界は腐敗していると言っても過言ではありません。

やはり神理の世界でも基本が重要なのです。

この基本のできていない方は、すぐに調子こいてうぬぼれていきます。

傲慢になる原因は、この神理の基本ができていないことが大きな原因の一つです。

神の体、いわゆる物質の世界に善悪はなく、神の善悪は生命のただ中にしかない。

これを知らなければ、何故人は永遠に生命を進化・向上させなければならないのかを理解できません。

1時間32分47秒の音声ファイルです。

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posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神理
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