2017年01月07日

GLAと幸福の科学 1

GLAと幸福の科学は兄弟団体みたいなものであり、どちらもモーゼと高橋信次氏が深く関係しています。

幸福の科学はイエス・キリストが最高指導霊ですが、高橋信次氏が2番目、モーゼが3番目の指導霊としてついていました。

3人の指導霊の意見が対立した時には、イエス・キリストの判断を優先する方針で指導していたのです。

イエス自身が表だって出てくることはあまりないであろうが、最後の判断はイエスが握っている。

そう言っていました。

これが幸福の科学ですね。

旧約聖書の時代は、モーゼが預言者として生誕し、その指導霊に高橋信次氏がついていたわけです。

当時は、「高橋信次」なんて安っぽい名前ではなく、「ヤーウェ」とか「アラー」とか呼ばれておりましたけれどもGLAの時は、この逆をやったのだそうです。

GLAでは今回、高橋信次氏が預言者として出て、その最高指導霊にモーゼがついていました。

そして法の種を蒔きました。

その高橋信次氏が蒔いた「法の種」を樫木の大木に育てる使命を持って生まれた教団が幸福の科学であり、大川さんだったわけです。

それが今のところは失敗していると言っていいでしょう。

高橋信次氏は、今回どういう風の吹きまわしか知りませんが、初めて肉体を持ったわけです。

色々とGLA時代に謎だったことが、幸福の科学ではっきりしたわけです。

GLAでは当時、高橋信次氏が釈迦の再誕と言われ、そこの会員もそう信じていたのですが、晩年高橋氏が死ぬひと月前にエル・ランティが高橋信次氏を通して出てきました。

私は今回、初めて地上に肉体をもちました

GLA時代はこう言っていたのです。

ここで謎が一つ生まれた。

釈迦の再誕ならば、かつて過去世で肉体をもっていたはずなのに「初めて肉体をもった」と矛盾したことを言っていた。

この謎が幸福の科学で解けたわけです。

思想的には高橋信次氏の思想は、明らかに人間の作ったもの拝む「偶像崇拝」を嫌う中東系の考えなのですが、本人に生前、モーゼとかイエスとかゼウスとか色々な諸神霊が入って語っており、初期は肉体に入って語った霊をすべて自己の過去世と思い込んでいた霊的未熟があった。

高橋信次氏の肉体に釈迦が入り、それを霊視した弟子が、釈迦と二重写しになっている高橋氏を見て、釈迦の生まれ変わりと錯覚した弟子もいましたね。

肉体に入った神霊を、すべてその者の過去世と勘違いした。

釈迦もその一人であり、特に釈迦の場合は、後から大川さんが出ることが分かっておりましたので2600年前を高橋信次氏に霊視させて「人間・釈迦」を書かせました。

ここで二人の釈迦がでてきてしまったわけです。

高橋信次氏と大川隆法です。

高橋信次氏は釈迦の再誕ではなく、イエスが「天の父」と呼んだり、アラーだのヤーウェだの言われていた神霊であり、霊天上界にあって救世主を霊的に指導することが主な使命であり、みずからは決して直接肉体をもつことはなかった霊でした。

弟子の園頭氏に「モーゼに十戒を与えたのは、私ですからね」と生前、言っておりましたので、本人はある程度知っていたようです。

でも彼は明確には言わなかった。

著作でも講演でも言っていません。

身近な側近の弟子にだけ言っていたようです。

その謎と事情もあの世から当時、本人が言ってました。

今回、初めて肉体をもって、その魂の正体が、ヤーウェであるとかアラーであるとか言って、誰が信じますか。

絶対、言えないんです。

モーゼが主と呼んだり、イエスが「天の父」と呼んでいたのは自分だなんて言えるわけないんです


事実、言いませんでした。

これが次の誤解を生んだのです。

明確に言わなかったためにお弟子さんが、今でも高橋信次氏が釈迦の生まれ変わりであると思っているのです。

そこで二人の釈迦が生まれた。

GLA時代に「私は今回、初めて肉体をもちました」と言っていたエル・ランティの謎もこれで解けたわけです。

では何故、高橋氏は弟子に自分を釈迦と思わせていたのか。

この事情も初期の霊言で言っていました。

法を説く時、輪廻転生は重要な法のひとつですから、必ず説かなければならない。

ところが高橋氏は今回初めて肉体を持ったために、その過去世がなかった。

私の過去世の名前が、あなた方地上の人間が知っている文明の中に残っておらず、今非常にしまったと思っておるところです。

しかし過去世のない者が、過去世があるんだ、あるんだと説かなければならないというのは、これは非常に都合が悪いわけです。

だから釈迦の過去世を借りて、そう思わせていた


過去世の名前より、輪廻転生のシステムを説く方が重要ですからね。

2600年前の釈迦の人生と弟子との対話をすべて霊視で見ておりましたので、一時期自分のことを釈迦の生まれ変わりではないかと思っていた時期もあったようです。

見させられておったということですね。

しかし晩年に高橋氏は、自分は釈迦の生まれ変わりではないと気づいたようです。

釈迦ではないけれども、別の何ものかである、と。

高橋氏自身もそれが死ぬ間際まで分からなかった。

確か死ぬひと月ぐらい前でしょう。

ついにエル・ランティの存在を告げたわけです。

ひと月前ならば、明かしても一月後に死にますので慢心することもない。

後から大川さんが出ることは分かっておりましたので、うまいことやりましたね。

GLAの初っぱなから「自分は、天の父であ〜る」なんてやりますと、高橋氏もうぬぼれ、慢心していたかもしれません。

回りもドン引きでしょうね。

自分はアラーであ〜る

自分はエホバであ〜る

自分は天の父であ〜る

なんて始めますと、たとえ事実でも、

早く病院、行けよ・・・鉄格子のついた日本で一番でっかい病院

となります。

というのはキリスト教でもイエスが「天の父」「アヴァ」と呼んでいるのはわかるけれども、果たしてイエスは一体、誰に向かって呼んでいたのかクリスチャンの中でも知る人はおらず、その神霊の実体が今まで曖昧であり、謎だったのです。

イスラム教でもアラーと呼んでいるのは分かるけれども、そのアラーとは一体どういった実体をもつ神霊なのか、人類の誰も知らなかったのです。

分からないで拝んだり、祈ったりしているのですね。

何かわからないけれども、イエスがそういうのだから何かいるんだろう、と。

これがGLAと幸福の科学で、かなり明瞭になりました。

これがエル・ランティですね。

高橋信次氏がエル・ランティであり、釈迦の再誕が大川さんということです。

高橋氏は直接、私にエル・ランティと名乗ったことはありませんが、他の色々な如来がそう呼んでいるのを聞いたことはあります。

ヤーウェの個性を使って色々と言ってきたこともあります。

大川さんのことを釈迦と呼んでいる如来もいました。

特にフライデー事件の時にね。

今、ちょっと道それてますけどね。

1991年、正確には1990年ですが、遡って心をみずから点検して頂かないと大変なことになりそうですね。

まったく困った、困った。

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posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神理関係
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