2018年01月28日

スーパー・ブルー・ブラッドムーン(完全な皆既月食)

少し前のフィリピン・マヨン山の噴火ですが、記録に残しておこうと思う。

1月23日、24日、25日と噴火していますが、これは23日と24日のマヨン山の噴火です。


これは1月23日のみの噴火です。


凄い溶岩と噴煙です。

日本では新燃岳と草津白根山が噴火していますが、すべてリング・オブ・ファイヤ(環太平洋火山帯)です。

DUT99_nUQAALxWL.jpg
DUZCmnnVwAEKvml.jpg

アラスカ沖でも大きな地震がありましたが、リング・オブ・ファイアが活性化しているように見える。

世界最初の枯渇都市になるかもしれない南アフリカ・ケープタウンですが、サイトの更新はありません。

今のところ、やはり4月12日が「デイ・ゼロ」の日のようです。


ケープタウンのパトリシア・デ・リール市長は、すでに「後戻りできない地点に達している」と言っています。

A lot can happen before Day Zero – 5 things to watch news24

2月1日から新規制「レベル 6B」により、1日の水使用量は「50リットル」に制限されます。

蛇口から水がでなくなる日、「デイ・ゼロ」は、今すぐにでも起こる可能性がある。

絶望的な大参事であり、ケープタウンにとっては深刻な事態となる。

住民は1日に約3億5000万リットルの水を使用し、産業や政府機関、並びに大規模施設では2億5000万リットル使用している。

計6億リットルの使用ですが、市はこれを4億5000万リットルに削減したいようです。

ケープタウンは7つの水供給プロジェクトを実行に移しており、それは4つの小型淡水プラントの建設、2つの帯水層から水をくみ上げるボーリング、下水処理された排水を再利用するプロジェクト、この7つです。

これを実施に移すと1日当たり1億5000万リットル〜2億5000万リットルの水を新たに供給できるようです。

降雨は期待できず、ダムの満杯とはいかないようです。

ダムを満杯にするには3年かかると言っています。

ケープタウンの雨季は6月〜8月ですが、去年は雨が降らなかったために危機を招いたようです。

ケープタウンは後、17年で完全に水がなくなると言っています。

DUdUGAKWsAEJeyr.jpg

記事の書き方から見て、絶望的な状況のようであり、枯渇都市になる可能性は高いようです。

アフリカ南部は最悪の干ばつですが、北部はサハラ砂漠に雪が降っていました。

今度は、その近くのサウジアラビアでも、なんと雪です。


サウジで雪とは驚きです。

日本でもインフルエンザの蔓延が最悪の規模になっておりますが、アメリカでもインフルエンザが、2009年以来の最悪の事態を迎えています。

米でインフル大流行 2009年以来最悪、子ども37人死亡 AFP

米疾病対策センター(CDC)は26日、全米でインフルエンザの感染が広がっており、これまでに少なくとも37人の子どもが死亡、治療のため病院を訪れた人の数は2009年のH1N1型(豚インフルエンザ)流行以降で最多に達したと発表した。

CDCによると、今季流行中のインフルエンザはH3N2型で、米国のほぼ全ての州で感染が深刻な規模で広がっている。


H3N2型とは、殺人インフルエンザと同じ型です。

去年の8月21日のグレート・アメリカン・エクリプス(完全な皆既日食)以降、完全に気候変動のギアが入ったように見えるアメリカですが、今度は、皆既月食です。

「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」、31日に各地で観測 CNN

世界各地で31日、「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」が観測される見通しだ。

満月が通常よりも大きく見える「スーパームーン」と、満月がひと月で2度起こることを指す「ブルームーン」、月食時に月が赤銅色を帯びる「ブラッドムーン」の3つが重なる非常に珍しい現象となる。

米航空宇宙局(NASA)によると、北米やアラスカ、ハワイでは31日の日の出前にこの現象を観測できる見通し。

今回のスーパームーンについて、通常よりも14%明るくなると予想している。

月の縁から赤い太陽光がかすかに差し、月は赤銅色を帯びる。


今年の1月1日〜2日にかけて満月が最も大きく見えるスーパー・ムーンが見られましたが、今月は2回目のスーパー・ムーンです。

ひと月に2回満月が起こり、その2回目の満月を稀に起こる満月という意味でブルー・ムーンと言い、皆既月食は色が赤銅色に見えるためにブラッド・ムーンと言います。

この最も満月が大きく見えるスーパー・ムーン、ブルー・ムーン、そして皆既月食であるブラッド・ムーンの3つの現象が重なる非常に珍しい満月を「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」と呼んでいるそうです。

これが北米・アラスカ、ハワイで見えるようであり、要は全米です。

皆既日食の次に皆既月食であり、特にトランプ大統領は月食の日に生まれています。

何か影響があるかもしれません。

気候変動のギアがまた上がるかもしれない。

特に日本では完全な皆既月食が1月31日から全国で見えるようであり、国立天文台も「皆既月食を観察しよう2018」キャンペーンをうっています。

「皆既月食を観察しよう2018」国立天文台

日本での観察条件は非常に良いようです。

今回の「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」は、なんと「152年ぶり」だそうです。[注 : 日本では36年ぶり。北米では152年ぶり]

152年ぶりの奇跡の天体ショーですが、北米では今の0才〜100才までの人は、すべて生涯で1度だけのショーということになる。

しかも2月2日には「レグルス食」も重なります。

レグルス食 2018年2月 辰巳の辻占

去年のグレート・アメリカン・エクリプスでもレグルスと火星の関係が取りざたされ、戦争になりやすい星回りとして警戒されています。

今回のレグルス食は、去年の皆既日食の結果が出ると言っています。

今回の、月食とそれに続くレグルス食は、2017年夏に起こったことのひとつの結果であったり、別の側面が見えてくる事があると思います。

特に前回、アメリカを横断した日食が示したような分断と、ともに、今回のレグルス食は、それをうけての日本の分断もあるかもしれません。

レグルスは、現世の成功や幸福を示しています。

この星が獅子座の位置に輝くときには、古代エジプトではナイル川の氾濫があったそうです。

この恒星が食をうけて、再生するという事から、社会的にも個人でも、現世の幸福感についての見直し、再構築がすすんでいくようです。


日本でも分断があるかもしれないとありますが、預言でもそうありました。

しかも「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」は、スーパー・ムーンでもありますから、やはり満月や新月によく起こる地震が警戒されます。

2011年の東日本大震災で有名になった諏訪大社の「粥占(かゆうら)」ですが、今年も2011年と同じ結果が出ています。

【神の警告】2018年に3.11レベルの巨大地震発生!? 当たりまくる諏訪大社の「粥占」で2011年以来の大凶“三行半” トカナ

・ 2011年 世相:三分五厘(東日本大震災)

・ 2012年 世相:三分六厘

・ 2013年 世相:三分六厘

・ 2014年 世相:三分七厘

・ 2015年 世相:三分七厘

・ 2016年 世相:三分六厘(熊本地震)

・ 2017年 世相:三分六厘

・ 2018年 世相:三分五厘

2018年の「世相」は、五分満点で三分五厘となり、昨年を一厘下回る結果となった。

そして、この三分五厘は、「三行半」を意味する“凶相”ともいわれ、東日本大震災が起きた2011年にも出ていたのだ。

権宮司は、「今年前半はよくない。注意が必要」


前半、いわゆる6月末までだと思いますが、よくないと言われれば、どうしても米朝戦争が思い出される。

この諏訪大社の「粥占(かゆうら)」は、よく当たることで有名ですから、霊天上界では既に見えているのかもしれません。

ならば戦争か地震かもしれませんね。


posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神秘

2018年01月27日

GLAと幸福の科学 24

GLA時代の教えでは、現象利益は正法に付随すると説かれており、その意味で現象利益、大いに結構と説かれていました。

現象利益(神の体・物質)は正法(神の心・生命)に付随する、すなわち生命即物質です。

他方、返す刀で他力信仰を否定していた。

自力が原因(生命)であり、他力(物質)は結果です。

自力的に悟り、反省し、求道心をもって神の心を探求していれば、この自力を原因として結果、諸神霊の他力が必然的に入る。

カント哲学によれば、原因と結果は必然的な結合関係にある。

原因(自力・生命)と結果(他力・物質)は必然的な結合関係にあり、両者は切れない。

ただし自力が「天」であり、他力が「地」で天地一体。

他力である「地」を「天」に置く、他力信仰は間違い。

他力は物質と同様、それは目的として信仰をしてもならず、さりとて否定をしてもいけない、というかできない。

自力を「天」に置いて努力すれば、必然的に他力の「地」が入り、天地一体となる。

両者は必然的な結合関係にあり、切れない。

他力を「天」に置いた他力信仰は、これ奴隷制。

他力を「天」に置いて努力しても、当の諸神霊の他力は入らない。

他力信仰とは、これ物質を拝んでいる御利益信仰であり、神の体(結果)を拝む「偶像崇拝」となる。

道元もあの世で述べていたと思うが、他力信仰で菩薩界に帰天している者がいるとしても、それは元々が菩薩の霊格をもっているから帰天できたのであり、形式上その絶対他力で霊天上界に帰天しているとしても、そういう人は、元々何もしなくても帰天できる人なんです、と。

何も他力信仰で帰天したのではなく、元々何も信仰しなくても霊天上界に帰天できる人なんです、とそう言っていたと思う。

高橋信次氏が他力を批判していたのは、人を救うには悟るか反省させるしか道はなく、悟りも反省も自力であり、誰も代わってしてくれないからです。

他力には悟りも反省も必要なく、自力で悟ろうとか反省しようとする態度がなく、これでは誰も救えないからです。

たとえ地獄に堕ちたとしても、そこから救われるには悟るか反省するしかなく、悟りも反省も自力です。

悪魔などは典型であり、悪魔をも救ってやろうとする慈悲が大切と説いていたと思いますが、悪魔は他力で救えない。

悪魔が救われるには、悪魔自身がみずから神の心を悟るか、あるいは神の心に照らして反省するかしなければ、ほぼ永遠に地獄界からは出られない。

しかして悟るか反省すれば、悪魔をも霊天上界に帰天させることができる。

神の心のみが悪魔を救える。

悪魔をも救ってやろうとする立場に立つならば、悟りと反省の道、すなわち自力の道しか説けなかった。

これをGLAでは「正法は自力です」と言っていました。

他力は非常に甘い餌であり、御利益信仰に近い。

GLAが生前、他力信仰を批判していたのは、他力では救えないのに救えるかのような信仰を説き、悟りもなく、反省もなく、向上心もなく、求道心もないにも関わらず、ただ阿弥陀仏にひたすら頼れば救われるという偽りの信仰となっているからであり、これは自力という救済の基本を放棄させ、何も努力しなくても、ただ阿弥陀仏が救ってくれるという御利益信仰となっていたからです。

他力信仰とは、他力を信仰しているわけですから無限化しているわけです。

自力が原因(神の心)、他力がその結果(神の体)です。

他力信仰とは、神の体(物質)を無限に拝んでいる御利益信仰であり、神の体を「天」に置いてる傲慢な信仰ともいえる。

傲慢とは相対的なものを絶対化すること。

御利益信仰とは、神への傲慢の最たるものであり、これは救世主信仰のような他力信仰から生まれる。

あなたは何も考えなくていいです、何も判断しなくていいです、ただついてきなさい。

信じて黙って、ついてきなさいって、ペットの犬じゃあるまいし。

あるいはアメリカに対する安倍政権でもあるまいし。

こういった他力信仰を説いているのは、生長の家でもそうですが、力の支配をやっており、神の名を語った奴隷制を作っているのです。

奴隷とは、神道を見ればわかります。

どのような正義でも逆らう者達を奴隷というのです。

これは今の腐敗した世界と軌を一にしている。

相対的な利潤を絶対化し、相対的な国益を絶対化し、救世主を絶対化し、決して神を絶対化しようとしない。

腐敗するのは当たり前であり、GLAでは御利益信仰だから他力を否定した。

何ぴともみずから悟るか、あるいは反省せずして誰も救えないのにその悟りと反省、この救済の基本である自力を他力信仰は放棄させ御利益にすり替えているから批判していました。

つまりGLAの他力批判は、御利益信仰だから否定していた。

他方、現象利益は正法に付随しており、現象利益は大いに結構とも説いています。

一見、矛盾しているように見えます。

一方で現象利益を否定し、他方で現象利益は大いに結構と肯定している。

症例は、否定と肯定で異なっている。

ところが原因は同じ神の心です。

神の心を基準に、単に悟りも反省もなく、生命の進化向上もないにも関わらず、ただ御利益だけを求める現象利益を否定し、悟りと反省を実践する正法に付随しているならば、現象利益は大いに結構と肯定している。

生命即物質の見地から現象利益、大いに結構と言っていました。

神の心に照らして合致している生命ならば、現象利益は大いに結構であり、現象利益は正法に付随する。(生命即物質)

真理(生命)に付随している現象利益(物質)を肯定し、生命と物質を切って、ただ物質、すなわち御利益だけを求める現象利益を否定した。

これはGLAで行っていた除霊と手かざし宗教で行っている除霊でも同じです。

高橋信次氏も悟りもなく反省もない、すなわち生命が発光していない者達の悪霊をよく除霊していました。

手かざし系の宗教も高橋氏と同じく悟りもなく、反省もない者達を手かざしで除霊している。

除霊という症例は同じです。

しかして原因は逆です。

一方は神の心が原因であり、他方は神の体が原因です。

高橋氏の方は、正法に導くための手段として除霊を行っていました。

目的は正法、すなわち神の心です。

これを原因として除霊をしていた。

他方、手かざし系の宗教の除霊は、悪霊を取ることだけを目的とした御利益信仰です。

悟るか反省すれば、生命が発光しますからこれを原因として結果、悪霊が除霊される御利益が現象化します。

手かざし宗教は、この除霊という御利益、すなわち神の体のみを目的として除霊している。

除霊という症例は同じですが、原因は異なっている。

高橋氏の除霊は神の心が原因の除霊であり、手かざし系は神の体を原因とした除霊です。

一方は神の心、他方は神の体であり、原因は双方異なっている。

症例は異なっているが、原因は同じ場合と症例は同じでも原因が異なっている場合がある。

症例が同じでも原因が異なったいる場合、同一の処方をしてはならない。

症例が同じだから原因も同じだと思って処置する医者をやぶ医者という。

これを実践しているのが、今の幸福の科学です。

エル・カンターレ像や降魔型エル・カンターレ像を販売したり、あるいは二宮金次郎像を販売していました。

仏教芸術では、確かに仏像や石仏像を掘ります。

仏像という点、エルカン像も症例は同じ。

ただ原因は異なっている。

仏教芸術の仏像や石仏は、仏への尊崇の念、敬愛の念、仏への感謝、崇高なる思いを原因や動機として製作されている。

仏教芸術がすばらしいのは、ひとえにその動機の崇高さにある。

既存の仏像や石仏の原因は、すなわち仏の心であり、神の心です。

かたやエルカン像の原因は、仏の心ではなく、神の体、すなわち金儲けです。

仏像という症例は同じでも原因が異なっている。

一方の原因は仏の心、他方の原因は仏の体です。

症例は同じでも原因は異なっている。

にも関わらず症例が同じだから原因も同じだと主張して正当化する、これやぶ医者。

傲慢は断定を生み、症例を見て原因を決めつけ、誤診をし、患者を死に至らしめる。

謙虚さがすべてです。

あの世の仏陀の霊的指導が入り、この世の人間の汚い念とが混在しているというならば、それは好意的に見れば、高橋信次氏の除霊のように御利益祈願を手段として仏陀の法に導こうとしたか、エルカン像を手段として仏陀の法に導こうとした。

ところが根本の信仰の部分が生き神信仰になっているために紙一重で悪になっている。

諸神霊から、かつてのような啓示を受けられていないのが証明です。

それが神の御心にかなっているならば、高橋信次氏の時のように悟りもなく、反省もない者たちの悪霊を除霊していても諸神霊から啓示を受けられるはずです。

受けられていないということは、諸神霊から見ても正法に導くための手段として御利益祈願やエルカン像を売っているわけではないということでしょう。

このように神の善悪の世界では、症例が同じでも原因が異なっている場合がある。

今の世界も同じです。

南半球から北半球まで全世界が間違った道を歩んでおりますが、一方で唯物論の社会主義があり、他方で民主主義という政治体制がある。

症例は互いに社会主義と民主主義で異なっている。

ところが原因は双方同じく神の体です。

唯物論は物質(神の体)を「天」に置き、民主主義は人民共通の利益に基づいた国家契約ですから利益(神の体)を同じく「天」に置いている。

社会主義と民主主義、双方症例は異なっているが、原因は同じく神の体です。

どちらも神の体を「天」に置いている。

これが間違っているという根拠も眼前の大宇宙(神の存在)。

物質宇宙は神の表現体であり、神の神殿です。

神の心が永遠に「天」であり、神の体は永遠に「地」で天地一体です。

にもかかわらず神の体(物質・利益)を「天」に置いているがゆえに双方間違っていると断定していい。

宇宙が終わるまでこの構造と仕組みは変わらないのに、我々の文明は神の心を「天」に置かず、神の体を「天」に置いている、実に傲慢な文明になっている。

南半球から北半球に至るまで全世界が間違っておりますので、今回の地殻変動は地球的規模の可能性が高いのです。

イエスが妨害しなければ、すぐに開始されますが、その破壊の規模が地球的規模なのですね。

よくそこまで全員一緒に間違えたなと感心すると同時に、アースんとこのハイ・スピリットは一体、何を教えてるんだ、と。

この宇宙での地球系霊団の霊的進化レベルのお里が知れてしまう。

今後の地球の未来の方向性は大川さんが打ち出さなければならなかったはずですが、今は法体系が無茶苦茶なんですね、あそこ。

今後の地球は、アラーやヤーベで戦争やっている時代ではないわけですね。

眼前の大宇宙が神そのものですが、これを知っていく歴史になるのです。

個人をあがめる個人崇拝の時代は近代では、すでに終わっているはずですが、宗教の世界では未だに個人崇拝にふけっている教祖が多い。

すべての善の源は神の心であり、すべての悪の源は神の体です。

従ってすべての善を知るとは神の心を知るということであり、すべての悪を知るとは神の体を知るということです。

すなわち神の心と神の体を知るとは、眼前の大宇宙を知るということであり、大宇宙を知るということは神を知り、自己の本質を知るということです。

今後の地球は、人類各人にも悟りの高低はあるかもしれませんが、一人一人が眼前の大宇宙を知っていく歴史になります。

教祖を崇め奉る現人神の世界ではなく、方便神を拝む世界でもなく、眼前の大宇宙が神なわけですから、人類各個人一人一人が、みずから大宇宙を知っていく、理解していく、その心を悟っていく歴史になるのです。

大宇宙を知り、理解し、悟っていくとは、人類各個人と大宇宙が限りなく一致していく過程を意味し、それが今後の歴史になる。

すなわち如来界ですね。

宇宙即我です。

宇宙と人類がその理解を通して、悟りを通して、知ることを通して、一致していく宇宙即我、宇宙即人類の歴史となる。

宇宙を理解していくとは、神を理解していくことと同じですから、宇宙への理解と悟りを通して人類と大宇宙が一体化してくる。

その一体化の度合いに比例して仏国土が現象化し、顕現してくる。

神と人類が一体化していくのですから、人類は幸福になるに決まっているじゃありませんか。

少なくとも今後の地球の歴史と方向性は、大宇宙を人類が正確に理解していく方向になる。

これぞまさに人類が幸福になっていく歴史です。

神の存在を無視して人類の幸福は永遠にないということですな。


posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神理関係

2018年01月26日

GLAと幸福の科学 23

諸神霊が完全に出れなくなった1992年以降、内在せる偉大な叡智に頼れなくなった幸福の科学は、外の仏典に依存するようになり、仏教路線を引くようになります。

この92年と93年の期間に、私も実はよく事情を知らないわけですが、高橋信次氏の元お弟子さんが、幸福の科学から大量に離脱しています。

一部、まだ残っている方もおられるようですが、ほとんどの元GLA関係者は退会しました。

そして1994年5月、ついにあの高橋信次追放事件が起こります。

エル・ランティは、今はエンリルというわけのわからない名前となり、エル・ランティの立場をすべてエル・カンターレが取ってしまいました。

イエス・キリストが天の父と呼んでいたのは、このエル・ランティのことであり、イスラム教のアラーもアール、アルラー、アラーとなり、アール・エル・ランティのことを指していた。

これはイエスもミカエルも他の諸神霊も当初、みなそう言っていました。

このアール・エル・ランティの名前を消して、エル・ランティの立場を大川さんにすり替えてしまった。

今の幸福の科学の教義では、天の父とはエル・カンターレのことであり、イスラムのアラーもエル・カンターレとなっています。

高橋信次氏は、雷門の前で草加せんべいをバリバリ食っている浅草仙人であり、GLAはブッダサンガー(教団)を偽装した仙人教団であったと言っています。

浅草仙人って・・・何かイメージがピッタリで。

幸福の科学では、高橋信次氏は今、6次元神界で麦わら帽子をかぶって、首に高橋商店と書かれたタオルを巻き、バンドをビッシーッとはめて農業をやっている、と。

これ以上、偉大なエル・カンターレの邪魔をすれば、南国の島でタロイモを作ってもらうと、そう言っています。

言い過ぎた、すまん、そこまでは言ってなかった。

ただエル・ランティの立場を取ってしまいました。

大川さんの超霊媒能力を利用して高橋信次氏はおお威張りしてましたからね。

気に障ったのでしょう。

エル・ランティは、今やエンリルとなり、エル・ランティという存在はいなかったことになっている。

エル・ランティの存在そのものを消してしまいました。

気に入らないのはわかりますが、ただ嘘はいけない。

エンリルではなく、エル・ランティであっているのです。

私も1986年以降、さんざんちょっかいを出されてきたので知っているのです。

頭のハゲたおっさんが男をストーカーですよ。

凄まじい変態的な光景ですよ。

やっぱりストーカーするなら女性ですよね。

って、やっちゃいけません、そんなことは。

ストーカーなんてやったことはないので誤解しないように。

男が男に対して「お前は俺のものだ」とかね。

霊天上界とこの地上界での関係を見ますと、ほんと少し気持ち悪いです。

ただお釈迦さまも当時、イエスを霊的に指導しておられたようですから、まったくの嘘というわけでもないでしょう。

モーゼも言っておりましたが当時、ヤーベと言われていた神霊は、複数の神霊を指して言っていたのであり、現代はモーゼやイエス、釈迦や孔子等、それぞれ区別して認識できますけれども、当時は個別的な区別ができないために預言者を霊的に指導していた複数の神霊は、すべて「ヤーベ」という名前で指導していた。

その中心にいた神霊がアール・エル・ランティと言われる神霊でした。

この一部が初めて高橋信次として地上に肉体をもったわけですね。

これは初期の幸福の科学で言われていた通りです。

そして1994年5月、この高橋信次氏を追放した後、堰を切ったように急速に幸福の科学は悪化していきます。

翌年の1995年には創価学会に戦争を仕掛けようとしておりましたが、幸福の科学からすれば日本で宗教改革を起こそうとしていたのだと思いますが、創価学会からは相手にされませんでした。

肩透かしをくらったわけです。

1996年ごろからは御利益祈願を始め、宗教グッズ類を売るようになった。

ここら辺から段々と道をそれていったわけですね。

宗教グッズの売買や御利益祈願は間違いです。

訂正しなければならない。

神ご自身の目から見た御利益とは、この宇宙論。

物質宇宙は神の表現体であり、神の体です。

真理の横の理法から述べるならば、生命が神の心、物質が神の体であり、生命即物質、原因即結果、真理即御利益、主観即客観で主客合一が永遠の理法です。

従って御利益とは、神への信仰と悟りによって生命が進化向上した時、これを原因(神の心)として結果(神の体)あらわれる物質、あるいは現象を御利益と言います。

生命が進行向上した時、これを原因として結果あらわれるのが、ある意味「出世」であり、この結果(物質)を目的とする出世祈願。

同じくわが社株高騰祈願、財運向上祈願も同じ。

この御利益祈願とは、神の心(原因)ではなく、神の体(結果)を拝んでいるのと同じですから偶像崇拝に相当します。

信仰と悟り、求道心と反省によって生命を発光させて現象利益を得るのが筋です。

神への信仰と求道心によって悟るか、あるいは神の心に照らして反省すれば、これを原因として結果、生命が発光しますので悪霊がバリッとはがれる除霊があらわれる。

この除霊という結果を目的とする悪霊撃退祈願。

神の心を悟るか、あるいは神の心に照らして反省すれば、これを原因として結果、病気が治る。

悟りもなく、反省もなく、ただ病気だけを都合よく治してもらおうとする病気平癒祈願も間違い。

御利益とは目的にしてもならず、さりとて否定をしてもいけない。

目的と否定の両極端の中道に入るのが至当。

この御利益を目的とする祈願は、この宇宙論からすれば、神の体(結果)、すなわち物質を拝んでいる姿と同じですからやってはいけない。

これは霊言でも高橋信次氏が言っていたはずです。

現世利益を売り物にする教祖は堕地獄である、と。

とくに浄霊中心の宗教、あるいは祈り中心の宗教、あるいは、まあ、とくにね、地上のみなさん、現世利益を売りものにする宗教、これらの教祖は、ほとんど地獄に行っているものと思ってまちがいありません。

現世利益を売っとる者です。

こうすれば病気が治るとかね、こうすれば、すべからく不幸から脱せるとか、こうすれば、大金がはいってくるとかね。

こんなことを言っているのは、ほとんど地獄です。まちがいありません。

ですから、地上の宗教の正邪をわけるときに、現世利益を中心に説いておるかどうかね、これを、とくに気をつけねばいかん。

現世利益を中心に説いている宗教は、ほとんど、だいたい、警戒してまちがいありません。


言っていることはそうなのですが、これだけでは分かりにくい。

横の理法では生命即物質、真理即現象利益、主観即客観、原因即結果です。

原因を作れば結果が出る、これ因果の理法。

みずからの生命で原因を作り、何がしかの縁に触れて現象としての結果が出る、これ因縁の理法にして縁起の法。

まず自己の生命に善の種を撒く、これ原因。

次に生命活動によって縁に触れて結果が出る、これ御利益。

生命が原因、物質がその結果です。

物質宇宙は神の表現結果。

御利益祈願とは、生命の悟りや信仰、反省や向上を全く無視して、ただ病気を治せ、出世させろ、金をよこせ、大豪邸に住ませろ、悪霊を払え等々、すべて結果、すなわち物質を拝んでいるから間違っている。

神の心を拝むことを信仰と言い、神の体(物質・結果)を拝むことを偶像崇拝という。

偶像崇拝はすべての悪の源です。

だからやってはいけない。

いわんやお金を取ってはいけない。

もちろん地上に肉体を持てば、人間ですから間違うこともある。

だからお釈迦さまも反省を説かれた。

GLAでも、間違った時には、心のぉ、底からぁ、わびなさい、そうすれば神さまは偉いから許してくれるんです、と言っていた。

孔子も、過ちて改めざる、是を過ちという、と残しています。

過ちや間違うことが罪なのではなく、その罪を改めないことが本当の罪なのだ、と。

縦の理法は天地一体です。

生命が天であり、物質が地で天地一体です。

神の心を悟れば、場合によっては霊能力が発現することがある。

悟りが天であり、霊能力は地で天地一体です。

阿含宗やオウム等の霊能力宗教が間違っているのは、この地である霊能力を天に置き、そのために努力をし、悟ろうとしているからです。

浄霊中心の宗教、いわゆる手かざし系の宗教が間違っているのも、この天地一体の縦の理法を知らないからです。

神への信仰と悟りによって生命が発光すれば、これを原因として結果、悪霊やサタンがバリっとはがれ、除霊される。

悟りと反省が天であり、除霊は地で天地一体です。

悟るか反省すれば、生命が発光しますので除霊という御利益があらわれるのです。

浄霊中心の宗教、手かざし系の宗教が間違っているのも、この除霊という地を天に置いているから間違っている。

生命が天であり、物質が地で永遠に天地一体。

御利益祈願は、この御利益という地を天に置いているから神ご自身の目から見て間違っていると断定していい。

御利益祈願、除霊や浄霊、霊能力信仰、これらはすなわちすべて御利益という地を天に置いている点、共通しています。

経典を拝むのも一緒。

神への信仰と悟りによって神の心を悟れば、これを原因として結果、書物に表現する。

この結果の書物を拝めば、偶像崇拝となりますが、その書物が実際、真理の書物の場合でも、あくまで結果に比喩した善、すなわち方便の善の範囲を出ない。

書物を通して人は悟ることはできない。

方便の善も救世の法の中には入っておりますが、これのみですと無限の救世の法とはならない。

あくまで生命即物質、実相即方便、無限即有限、すなわち大宇宙そのままの法の時、これを救世の法という。

幸福の科学は、このお金を取ってなす御利益祈願は即刻やめなければならない。

御利益は、神の心の通り自己の心を整えていけば、自然と現象化してくるものであり、その御利益を目的とすれば間違いとなります。

ただ既にかなり実践してしまっておりますので難しい面がある。

人が間違い、反省しなければならない時というのは、いつも思いますが、社会的立場が高いものほど「勇気」がいるものだと思う。

その社会的立場や人の目、収入や世間体等々が両肩に食い込み、その重さによって立ち上がれない人達がたくさんいるとミカエルも言っていました。

特に宗教団体で一家を構えている人たちというのは、反省というのは難しく、間違えた時には非常な勇気を必要とする。

ただ諸神霊も言っておりましたが、この世での間違いは生きている時に反省し、修正するならば、数年で済む。

しかして間違ったまま帰天してしまえば、場合によっては数百年、あるいは数千年、その汚辱を拭うことができない。

生きている時には修正も反省もできるけれども、死んでしまえば、その地上での間違いを修正できないために何百年もその汚辱を拭うことができないのだ、と。

長い後悔となる。

しかして反省というのは、ほんと勇気がいることだと思う。


posted by 管理者 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神理関係